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3月11日から、なにもかも、変わってしまいました。
一杯の珈琲と、音楽と、語らいと泣き笑いの日々が懐かしいです。
今の現実があまりにも非現実的で、こころの整理がつかず、言葉もまとまらず、お知らせが今になってしまいました。
たくさんの方々にご心配をお掛けしてしまいました。申し訳ありませんでした。
そして、手紙やメールや電話で励ましてださったみなさま、いろんな物資を送ってくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。
プレイタイムカフェを閉めることにしました。
プレイタイムカフェは、わたしたちにとっては、命のようなものだったので、とても辛いくて悔しい決断でした。
この場所での再開を楽しみにしてくださっていたみなさま、ほんとうにごめんなさい。
でも、またいつか、別の場所で再開するつもりです。
それまでは、イベントなどに出店したりしながら、丹治マスターは焙煎の修行、わたしはアロマテラピーやハーブの仕事をしていこうと考えています。
プレイタイムカフェは2001年5月22日にオープンしました。
初日のお客様は、8名様でした。
1年もつかどうかさえ心配でした。
まるで、昨日のことのようです。
あれから10年、お陰さまで、たくさんのお客様、友人知人に支えられ、愛されたことはほんとうにありがたく、幸せな日々でした。
たくさんの思い出が出来ました。
ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。
今年は10周年イベントを企画していましたが、残念ながら出来なくなりました。
いつか、再開できる日がきたら、やりたいと思います。
店を閉める理由は、東京電力原発事故による放射能汚染です。
郡山市は避難地域ではありませんが、放射線量も高く、そして土壌汚染も深刻です。
自分達が被曝することが怖くて、店を閉めようと思ったのではありません。
お客様に安全な食べ物や飲物をお出しできない以上、どうしても店を続けることが出来ませんでした。
お米は、長くお付き合いのあった地元の無農薬栽培の農家さんから。
卵は、知人の作業所のおっぱなし卵。野草や残飯や貝などの餌を食べ、太陽の下でのびのびと育てられたニワトリの卵。
そのほかの食材も、できるだけ地元で誠実にまっとうに作られたものを使ってきました。
メニューにそういうことを書かなかったのは、それは本来あたりまえのことだと思っていたからです。
しかし、今は、その「あたりまえ」があたりまえでなくなってしまいました。
春の楽しみ…ふきのとうやタラノメを摘んで、食べることもできませんでした。
わたしは、原発から35kmくらいの田村市で生まれ育ち、小学生の遠足では原発に行きました。その時、直感的に違和感を感じました。
その後、チェルノブイリの事故が起きたのをきっかけに、原発のことをいろいろ調べてみました。
原発というのは核のゴミの処理方法も無いままに、見切り発車でスタートしたということを知り、愕然としました。
それから、脱原発市民運動にも参加した時期もありました。
その頃、チェルノブイリの汚染された地域に、事故後も住み続けている人達がたくさんいることを知り、なぜ避難しないのか、とても不思議で、信じられませんでした。
しかし、まさか、自分も同じようにこうして汚染された土地に住み続けることになろうとは思ってもみませんでした。
今は、チェルノブイリの人達の気持ちがわかるような気がします。
避難しても、しなくても、苦しいのです。
世界は変わってしまったのだと思います。
だから、わたしも、変わろうと思います。
命が助かったからには、絶望することなく、楽観することもなく、生まれてきたからには死ぬまで生きるということを、できれば、楽しみながら、まっとうしていこうと思います。
地震で自宅が全壊してしまったので、あちこち転々としていましたが、とりあえず、三春町に引っ越すことになりました。
いつまで三春町に住むかもわからない状況ですが、なにか楽しいことを始めようと思います。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
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